猫の手も借りたいブログ

チャフフレアというウェブ制作会社やってます。最近は自宅の建設で頭がいっぱいです。

僕とハイスタ

「ハイスタのNEWシングルが発売したらしいですよ」と朝、仕事仲間から聞いた。

「えっ、マジで?」とツイッターを調べると確かに新譜のゲリラ発売を行ったようで、事前の情報もなくいきなりハイスタの新譜が今日発売された。

ハイスタの前作の「Love Is A Battlefield」が発売されたのは16年前。16年前って・・。今年36歳になる僕が20歳の時。そりゃ年取るよね。
おかげさまで昔のことを思い出しので久しぶりにブログを書きます。

僕とハイスタの出会い

高校時代に初めて聴いたパンクバンド

僕のハイスタとの出会いは高校3年の頃。まだ岩手県にいて釜石の高校に通ってたとき。GWか夏休みか忘れたけど、東京の大学に行っていた一個上の先輩が帰郷したときに「おまえらハイスタ聞いとけ」と教えられたCD。「GLOWING UP」と「Angry Fist」の2枚のアルバム。「洋楽?」と聞きかえした。

田舎だったし聴く音楽は最全盛期J-POP時代で、オリコン何位やカウントダウンで何位のCDを買って聴くのが普通だった頃に、先輩から教えてもらったその音楽は初めて聴いたジャンルだった。「メロコア」という言葉を教えてもらった。1曲2分位でバンバンかっ飛ばしていくハイスタの曲はしびれる程かっこよかった。

近くのCD屋では売ってないので先輩のCDをMDにダビングして毎日聴いていた。ついでにVHSにダビングした「ATTACK FROM THE FAR EAST II」は擦り切れほど見て「ハンパねえ」「ハンパねえ」をパクって口にしていた。

「AIR JAM」というLIVEイベントも教えてもらい、雑誌(たぶんOllieかWARP)で参加しているバンドを調べて、BRAHMANやBACK DROP BOMBをCD屋さんで注文して買った。この頃から「まだ就職したくないので東京の大学に行きたいという」漠然とした目標が、「東京に行ってLIVEを見に行きたい」という目標に変わった。卒業アルバムには自分で「GLOWING UP!」と書いた(恥ずかしい)。

音楽を聴くために上京

大学が決まり、上京(神奈川だったけど)して一人暮らしをはじめた。田舎では放送していなかったテレ東の「HUNG OUT」を見て勉強した。町田が近かったのでディスクユニオンに通った。「インディーズ」の「メロコア」「ミクスチャー」を探して買い漁った。当時お金はなかったけど本当にCDはいっぱい買っていた(どこにお金があったんだろう)。田舎者の自分が新しいカルチャーに触れているようで、毎日楽しかった。

初めての行ったLIVEは「SOBUT×BALZAC」の下北沢シェルター。ステージに上ってダイブをしたり超絶楽しかった。アザだらけだけど死ぬほどテンションがあがった。東京に来てよかったと心から思った。

初めてのハイスタのライブ

ハイスタのLIVEを見たのは1999年6月のチベタンフリーダム。東京ベイNKホール(すでに閉館)だったけど、2階席のチケットを取ってしまったことを超後悔した。フロアに行きたかった・・。それでも初めて見た生のハイスタはめちゃくちゃかっこよかった。しびれた。

1999年に発売した「MAKING THE ROAD」は予約して買った。ダビングじゃなくて自分で買うハイスタの新譜をウキウキしながら買いに行ったのをよく覚えている。嬉しかった。難波さんが「輝いてますか輝いてますか、STAY GOLD」と言った曲が入っていた。死ぬほど聞いた。僕の中でハイスタは超輝いていた。

服装もバンドTシャツにハーフパンツ、キャップにリストバンドに数珠みたいなネックレスで立派な「キッズ」になった。ハイスタを聴かせて気に入ってくれた友達にはMDで作った「俺的ハイスタベスト」をプレゼントした。

ハイスタのCDはいつも人に貸したり家のそこらじゅうにぽいぽい置かれていたので、ケースはどれもバキバキに割れていた。

ハイスタを聞かなくなった

AIR JAMは1999年には開催されず2000年の夏に開催された。初めて参加するAIR JAM。最高に暑くて楽しかった。ハイスタはこの日も最高だった。このLIVEを最後にハイスタは活動休止になった。

大学3年生くらいになると、音楽の聴く幅も広がった。テクノみたいなダンスミュージックやヒップホップといった別のジャンルも聴くようになった。この頃からフジロックにも行きはじめたけど、聴く音楽の種類が増えたからか次第にハイスタを聴く機会も少なくなった。いろんな音楽を聴くようになった。

社会人になると、仕事が忙しかったこともあり、音楽自体を聴く回数はぐっと減った。CDもすっかり買わなくなった。iTunesにインポートして音楽を聴いたり買ったりするようになった。LIVEにもあまり行かなくなった。

そして震災

それでも東日本大震災の後、ハイスタが立ち上がってAIR JAMをやろうと言ったとき、超嬉しかった。横浜のAIR JAMには行けなかったけど、次の年の仙台のAIR JAMには行くことができた。しかも子供を連れて。まだ小さかった子供を連れてなので後ろの方から見ていたけど、20代の頃聞いていたハイスタが、目と鼻の先にあるステージにいて嬉しかった。

子供が泣いて夜も遅かったので、LIVE半ばで退場したけど、帰りながら「Mosh under the Rainbow」が遠くから聞こえてきた。来れて本当によかった。

今日

そして今日、新曲が発売された。仕事を早めに切り上げタワーレコードまで自転車を飛ばして買いに行った。同じくらいの中年が若者みたいなかっこして、CDを買っていた。大事にフライヤーも手にしてレジに並んだ。久しぶりすぎてタワレコのポイントカードもなかった。こんなにウキウキしてCDを買いに行ったのも、ウキウキして帰ったのもいつぶりかわからないくらい、久しぶりだった。だって前の新譜は16年前だよ。

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「家に帰って来たよ、オールドキッズはいい感じさ」

 

2曲めの「Another Starting Line」の歌詞にある言葉。
あの頃のキッズたちはみんなオールドキッズになったよ。

おかえりハイスタ!!ハンパねえ!